FIND OUT
一週間が過ぎた。
ひぃ、こと加納柊の家で、那波君や志乃ちゃんと過ごすことになって一週間。
最初はいつもの逃亡感覚で始めたこの生活なんだけど。
「……一週間かー」
いや、仕事は区切りをつけてきたから問題はないんだけど。いや、怒られると言えば怒られるんだけど。
ぱふんと私の部屋のベッドに転がる。
一昨日、忙しいひぃに無理矢理言って買いに行ったカーテンが、夕方の日射しに透けていた。
「うん、やっぱり根回ししておこう」
私はそれだけを決めると、部屋を出て行った。
いい加減お腹が減ったので、ひぃに催促に行くためだ。
食事を食べたあと、みんながまったりしている中、私は散歩に出た。正直、夜人君のやっているゲームの続きが気になったんだけど、一度やったことのあるゲームで展開は知ってる。そんな数十分ぐらい、問題ないでしょう。
ひぃに家に来てから、一度も電源を入れていなかった携帯を手に取る。
とりあえず電源を入れて、メモリーダイヤルを呼び出す。(新着メールの確認は怖いので後回し)
目的の人物はすぐに見つかる。
一度、深呼吸をしてから、えいっ。
コール音が一回、二回……
『……はい、吉田です』
「あ、どうもー浜中ですけどー」
三回鳴ったところで、地を這うような声で相手が出た。
私はことさら明るく答える。どうせ私の名前は表示で確認しているだろうし、それがわかってのこの声なんだろうし。
『コンニチワ、浜中サン。一体何ノ用デスカ?』
「うわー、カタカナで来ましたね。もしかして相当呆れています?」
『って、アナタ、この状況で呆れない人がいますかっ?』
あはははははーと軽く笑ってスルー。(いや、しきれてない)
それでですね、と有無を言わせず話を変えて、それ以上の追求を避ける。
「とりあえず数ヶ月休みが欲しいんですが」
単刀直入に言ったら、吉田さんが硬直したようだ。まだ仕事場にいるんだろう、後ろのざわめきが聞こえる。
「いや、仕事が出来ないとか、そういう休みじゃなくて。今、面白いことに巻き込まれてるから、このまま巻き込まれていたいんですよ」
『……なんの冗談ですか、浜中サン』
「いたって本気です。休暇終わったら、絶対にいい仕事できますから、お願いします」
吉田さん、盛大にため息。今頃、私なんかと関わったことを後悔してるんだろうなあ。
ちょっと待ってくださいと吉田さんが電話口から離れる。
一瞬、携帯の充電が持つかと思ったけれど、考えてみたら、一週間前充電だけはしっかりしたあとで出てきたんだった。
私は携帯を持ち替えながら、夜の空を見上げた。
都会の空らしく、光を照り返す白い雲が浮かび、星の姿はほとんどない。
いたって普通の夜。
『あー、もしもし浜中さん?』
「はい」
吉田さんが帰ってくる。結構、真剣な声だ。
『確認をとってきたんですが、やっぱり完全な休みは急には無理です。そちらはネットが使える状況ですか?』
「いや、ネット自体は無理ではないんですけど、ファイルの送信とかになるとちょっと」
『じゃあ、ネットカフェにでも行ってください』
……だったら聞くなよ。
『次に入ってる仕事は覚えていますか?』
「そりゃ、もちろん」
『それを続けてください。1ヶ月に一度必ず終わった分をこちらに。こちらで校正したあと送り直させてもらいますから』
「あーはい、わかりました」
それからしばらく仕事の話をして、そして、
『それにしても、今回、状況は異常ですけど、復活は早かったですね』
「へ? あ、復活してますか、私?」
『少なくとも声を聞く限りでは。この前は死にそうでしたし』
「あ、あははは」
『それじゃあ、出来るだけ早く帰ってきてくれることを祈ってます』
「ぜ、善処します」
ぷつりと音を立てて、通話が切れる。
新着メールのチェックはやめて、そのまま電源を切った。
「死にそう……ね」
その日の深夜、私は散歩の帰りに買ったノートとボールペンと格闘していて、実は遅くまで起きていた。私は壁越しにかすかに聞こえていた(離れているから、ずいぶんな音量って事だろうなあ)、夜人君の部屋のコンボの音を聞くともなしに聞いていた。それが唐突にとぎれ、音が始まることはなかった。夜人君が眠ったのだろうか。
それ以降は何の音も聞こえない静寂が広がるばかりで、無意味に天井を見上げた。
襲い来る静寂は孤独と同じだ。
ノートとボールペンを投げ捨て、そのまま布団に潜り込む。
自分の物とは違う匂い。
ふいに家が懐かしくなった。
望んでここに来たというのに。
好みの音楽。愛してやまないと公言する私の布団。愛用のパソコン。散らかった床。ふかふかの古いぬいぐるみたち。
私は弱い。
苦し紛れに布団の中で眼を閉じて、明日、せめてパソコンとぬいぐるみとタオルケットだけは持ってこよう、と決めた。
どこかで誰かが私と同じように、孤独に震えているのかも知れない、何故かそんなことを考えた。