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「志乃ちゃん助けて」

 私がゴミ捨てから帰ってくると、奈千佳ちゃんが半泣きの状態で抱きついてきた。
 奈千佳ちゃんは私の恋人の愛人さん。
 だけど、私以上に愛人らしくない。っていうか、柊くんは愛人って意味をわかっているのかすら怪しい。

「ひぃが閉じこもりなの」
「……とりあえずいきますね?」

 うるうるお目目の奈千佳さんに逆らえるのは柊くんだけだと思う。
 私はなんとなく予測をつけてお隣さんの敷居をまたいだ。

「那波くん。志乃ちゃんつれてきた。ひぃは?」
「あ、志乃ちゃんおはよう。まだ」

 ほんの数日前に見たときには、奈千佳ちゃんも夜人くんも風邪を引いてごほごほ咳をしていた。もうすっかりよくなってるみたいだけれど。
 そういえば、柊くんが看病をそれとなくやっていた気がするんだけどなー。

「いったいどうしたのさ!」
「……柊が出てこないんだ三日近く」

 出てこないのは、多分

「ゴホゴホ……だー夜人俺の心配なんかいいから奈千佳の事でもみとけ」

 ドア越しに聞こえる普段より一段低い声は苦しげに、勝気に叫んできて。私の考えを確信に変えてく。

「そんなこと言ったって、お前ろくに飯も食ってないだろうが!そんだけ咳してて病院もいかねぇし」

 たぶん。ううん。絶対に。

「人間一ヶ月くらいはもの食わなくても平気なんだよ。ったく心配するな」
「……ずっとこの調子なんだ」
「うーん。ちょっと冷蔵庫みるね」

 夜人くんにうつさないために柊くんは閉じこもっているんだよ。
 そう言いたかったけど無理やり言葉を飲み込んだ。なんだってわざわざそんなこと教えてあげなきゃいけないの?
 冷蔵庫の中には水分といえるものは殆どない。あるっていえばあるんだけど、おおよそ病人が飲むものじゃないし。もしかして夜人くんって風邪引いたとき毎回柊くんが看病してたの?

「夜人くん。とりあえずスポーツドリンク五本くらい買ってきて。それとうどん。あとねぎ」

 わざとドア越しに柊くんに聞こえるようにドアへ向かって声をだす。
 夜人くんは急いででかける準備をはじめ、奈千佳ちゃんはお財布を捜しはじめた。

「……伊達巻卵もうどんにいれてくれ」
「伊達巻卵?」
「ああ。甘くてうまいから。あと、ルゴール。それとのどスプレー。あとは、なんか柑橘系の果物。そろそろ奈千佳のお茶がなくなる。夜人のコーラも買っとくように言ってくれ」

 夜人くんは精神面で苦労するなーとはいつも思ってたけど、なんだかんだいって柊くんも苦労人だったのね。
でも。一番苦労してるのは私です(断言)
 今日中にレポート仕上げないと間に合わないじゃない。どうしてくれるのよ柊くん!
 夜人くんと奈千佳ちゃんが外へと出たのを確認するとドアがかちゃりとひらいて柊くんが出てきた。

「すまん。とりあえず風呂にはいってくる」
「どうでもいいから喋らないで」

 柊くんは口を開いてなにか言いかけたけど、溜息をついて頷いた。
 シャワーを浴びる音が聞こえ始めて、私はちゃんと惨状を把握する。
 こもった空気。微妙に散らかった跡。かろうじてゴミとか洗濯物はたまってないけど、柊くんの部屋はすごい。布団は重くなってるし、うー困った。やることが結構沢山あるみたい。
 
 うーうー唸りながら私は換気をして掃除をして。布団を干した。
 空気が新鮮になったころには柊くんは頭をわしゃわしゃ拭きながらお風呂から出てきた。

「すまん」
「今日レポート書こうと思ってたのにー」

 心にざくざく刺さってるかしら?

「教授は」
「杉浦教授」
「あー……」

 杉浦教授は柊くんの教わってる教授の元教え子のほかほかなりたて教授さんなんだってことくらい私が知らないとでも思ってるのかしら?
 柊くんは使い古された黒いアドレス帳を部屋から持ってくると電話台に置かれた昔懐かし黒電話でどこかへかけ始めた。

「あ。お久しぶりです。はい。いえ風邪を引いてしまいまして、ええ。それでですね、あーっと明日提出レポートがありますよね?……そう、そうです。ええ。実は、はい。結城志乃がですね、ええ……そうです。熱を。はい。でもそこをなんとか。いかない?わかりました。それではこちらも代筆の手段を使えとおっしゃられているととっても……いえ。別にそうはいってませんよ?ただ、この間貴方のレポートのコピーがたまたま手元に……そうです。その。おや?どうされました?そうですか、提出は来週で。はい。二言は?ええ。そうですか。わかりましたありがとうございます」

 ガチャンと音を立てて受話器を置いた柊くんは一層低い声で私に微笑んだ。

「来週締切だそうだ」

 そういうと柊くんは髪の毛を乾かしに洗面台へと消えていった。
 してやったりだわ☆なーんて考えていると奈千佳ちゃんと夜人くんが帰ってきた。
 
「ただいま。ひぃは?」
「志乃ちゃんごめん。柊は?」

 かけこみ第一声が柊くんだなんて。どれだけなのよこの人たちは!

「買ってきてくれた?」

 キッチンで二人が買い物袋の中身を冷蔵庫にわたわた入れている間に柊くんはふらふらと自分の部屋へとすっこんでいくのが見えた。

「言われたものは全部。あと、アイスとか、柊が俺がダウンしてるとき買ってきてたし」

 そういえば、私病気で倒れた事なかったかも。ってそれよりも、柊くんのうどん作らなきゃ。

「で、柊。どうなんだ?」

 あーもう!このバカップル!ラブラブめ!お前らなんかフィリピンだ!

「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。それより夜人くん。明日大学でしょ?」
「え?あ、うん」
「柊くん誰が看るの?」
「……もしかしてーわたし?」

 うわー奈千佳ちゃんなのー?

「ねえ、なんで止まるのさ」
「「だって」」

 多分、奈千佳ちゃんが家に居たら柊くん絶対出てこないんだろうなー。困ったな。
 ちらって横を見ると夜人くんも凄く困った顔をしている。
 とりあえず。この二人に任せるのはいろんな意味で危険だし。柊くんに直接聞くしかないのか。はぁ……あたしが風邪引いたりして。

「じゃあ、うどん持ってくからそれまでに自力でご飯食べてね?」

 コンコンとノックをするとカチャリと音がして鍵が開き、柊くんが顔を出した。

「夜人は?奈千佳は?」

 むか。

「ありがとう。志乃」

 ぷしゅぅ。って音が立った気がした。だって、柊くんが柊くんじゃないんだもん!
 そんな素直にお礼言う柊くんなんか柊くんじゃない!
 



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