FIND OUT
この目が眩んだままで いられたなら
随分、日の暮れた時刻。自室で音楽を聴いていた夜人の携帯がベッドの上で光った。
ヘッドフォンで音楽を聴いている為、幾ら他の音が鳴っても気付かない夜人だったが
携帯のライトが点滅しているのが目に付いて。座っていた椅子から腰を上げた。
こんな時間に自分にメールが入るとは珍しい。不思議に思いながらも彼が投げ出され
た携帯電話を見ると、珍しい人物からのメール。
驚きながらも折り畳まれた携帯電話を開いた。
from:結城 志乃
sub:駅前の本屋
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迎えに来てー
実に簡潔で分かりやすい。彼女らしい文章に笑みを零しながらも、夜人はすぐに携帯を閉じるとそれをポケットに押し込んで壁に掛けられていたジャケットに手を伸ばした。
普段なら、そんな短い用件なら彼女は電話を使う。頭の隅で何か引っかかるものを感じながらも、部屋の電気とプレーヤーの電源を切って暗くなった自室を後にした。
「……出掛けるのか?」
夜人が玄関先で靴を履きながらコートを羽織っていると、ふと後ろから声が掛かる。
聞き慣れ過ぎた声に、彼は一瞬躊躇った後に後ろを振り返った。
振り返る先にはもちろん、同居人である柊が立っていて。何処か神妙そうな面持ちで夜人を見詰めていた。
こんな時間に一人で出掛けるのは珍しいから、不思議に思っているのだろう。夜人はそう解釈した。
「ああ、志乃ちゃん迎えに行って来る」
何処か苦笑い交じりにそう告げれば、ほんの少し張り詰めていた空気が緩む。柊も納得したようにそうかと頷いた。
「気を付けてな」
「判ってる」
簡単な挨拶を交わすと、夜人は柊に背を向けて玄関の隅に置いてあった車の鍵を掴んだ。そのまま何度か靴の爪先を叩きつけ、靴をきちんと履きなおす。暫くその様子を眺めていた柊は、やがて夜人が家を出る前に彼に背を向けてリビングへと足を向けた。
「ひいー!」
遠くの部屋で、柊を呼ぶ奈千佳の声が聞こえてきて。柊は、はいはいと何処か諦めたように返事を返している。
そんなやり取りを背中で聞きながら、夜人は家を出た。扉の閉まる直前、夜人が家の中を振り返ったことは誰も知らない。
志乃の好きそうな音楽を掛けながら、車を飛ばしていく。この時期、闇に包まれた街を横目に走ればそろそろ冬が訪れようとしているのが判る。厚手の服を身に纏った人々が寒そうに身を震わせながら歩き、イルミネーションは少しづつ華やかになっていく。
そんな風景に目を細めながら夜人はハンドルを切り、見えてきたのは駅前のロータリー。探さなくても、白いコートを着込んだ志乃はすぐに見つけ出せた。間違えるはずも無い姿、そろそろ来る頃なのが解っていたのか、待っていた志乃も車を見た途端こちらに身体を向き直した。
夜人は志乃の前に車を停め、彼女が乗り込んだのを確認するとすぐさま車を出した。
「おかえり」
ミラー越しに志乃の顔を見ながら夜人がそう告げると、彼女もただいまと明るく答えた。いつもどおりのやり取りにほんの少し和む車内。夜人も内心ほっとしながら視線を前に向けて運転に集中し始める。
「もうご飯食べた?」
「とっくだよ。どうせまた遅かったんでしょう?」
バレたか、と夜人が苦笑を漏らせば志乃も笑みを浮かべる。そんな他愛の無いいつものやり取り。
いつものやり取り、の筈なのに。やはり何処か違う。
それが志乃の普段とは違う空気のせいなのか、自分の気のせいなのか夜人には判断がつかなくて。それ以上会話を切り出すことも出来ないまま流れてくる曲に耳を傾けていた。冷え込む車内の温度もそのままに。
夜人と柊、それに奈千佳が同居するようになってもう数ヶ月の月日が流れようとしている。もう少し時が経てば年も明けてしまう。
流れていくだけの時間。今の二人の空気と同じ。
振り払うことも逃げることも、壊すことも出来ないまま。ただ虚しく時計の針だけが進んでいく。迷路に迷いこんだような錯覚は、あの部屋の中の四人の時間だけを止めてしまったようで。
「夜人君」
突然名前を呼ばれて、夜人が思わず勢いよく横を振り向くと。志乃が前、と言いながら前方を指差していた。促されるまま前を見れば、もうとっくに信号は青に変わっていて夜人は慌ててアクセルを踏み込んだ。
ごめんごめん、と謝る夜人の顔に、もう先程の安堵の色は見られない。志乃はそんな彼の横顔を見詰めながら気付かれないように小さく溜息を吐いた。
冷えた車内の温度に、誰も気付かない。
マンションの下の地下駐車場に入った車は、いつもの位置で停車した。後方を確認しつつ車を無事に入れ終わった夜人は、とりあえず肩の力を抜く。
少しして車を降りる為シートベルトを外そうと身捩ると、一切身動きをしない志乃の様子に気が付いた。
「……志乃ちゃん?」
伺うように夜人が名を呼べば、志乃はゆっくりと彼のほうを振り返る。それは一瞬の出来事なのに、まるでスローモーションのようで。
振り返った彼女の表情から、その思考を読み取ることは夜人には一切出来なかった。
エンジンが止まり、流れてくる音楽も既に止まっている。
夜人君、と志乃の唇が動いた。
「あのね」
二人以外何一つ動くものが無い車内で、空気すら凍ってしまったかのように。夜人も志乃に向き合ったまま動くことが出来なかった。
指先すら上手く操れない。
志乃の瞳が一瞬揺らいだ後に、真っ直ぐに夜人を捉えた。
「好きだよ?」
浮かんだ笑顔は、脆く崩れそうなくらいで。夜人の瞳はみるみるうちに大きく開かれていく。
切ない、とも違う。息が出来なくなりそうなくらい追い詰められた空気。車の外に溢れそうなくらいの緊張感が充満しているのが肌から脳に伝わって。
理解する。
幾度となく言われた言葉。ふざけて何度も言い合った、戯れの言葉の筈だったのに。
今それが音を立てて崩れていくような気がした。夜人の世界も、志乃の世界も。
四人だけの楽園が、少しづつ。
「…………良いの?」
長く溜め込んだ後に震えるような夜人の唇から漏れたのは、何を確認するためのものだったのか。
彼の視界すら揺らめいて、志乃を真っ直ぐに見詰め返すことが出来ないまま視線を逸らす。いつの間にか冷え切った車内には、二人の白い吐息が漏れて。
下がりきった温度に漸く気が付いた志乃は、首を横に振った。
「そろそろ帰ろっか。二人とも待ってるだろうし」
笑顔を取り戻した志乃は、そのまま冷たい空気を振り払うようにシートベルトを外し、夜人に背を向けた。
ドアを開けようとノブを握り締めたところで、肩に人の温もりが触れる。
強くも無い力に導かれるように、志乃は再び後ろを振り返った。視線は重なることなく引き寄せられて。
「ごめん」
耳元ではそう囁かれた。志乃の瞳は驚きの色を浮かべることなく、沈んでいく。
二人の間にある距離を埋めるような抱擁。けれど決して無理やりではなく、力強いものでもなくて。夜人が縋るように志乃を抱き締める。冷えた空気がほんの少し、緩和されて。
痛いほどの静寂が響いていた。終わりの無い一瞬のように。
「本当にごめん。でも、」
志乃の肩に埋めていた顔を上げて次の言葉を告げようとした夜人を遮るように、志乃の手が小さく夜人のジャケットの裾を掴んだ。
それだけで、何も言えなくなってしまう。
夜人はきつく目を閉じると、先程よりも強い力で志乃の身体を抱き締めた。変わらず相手を伺うような抱擁が逆に痛くて、志乃の瞼が震えて。
白い吐息すら気付かなくなっていく世界。
二人が帰りついた家では、夜行性な柊と奈千佳がやはり起きて二人を待っていた。
「おう」
「お帰りー」
二人して同時に顔を上げて、明るい様子でそう言うものだから。夜人と志乃は顔を見合わせて柔らかい笑みを零した。
何処か狂ったような部屋。
「ただいま」
微笑み合う姿は、幸福なのか絶望なのか。
やがて志乃は自分の家に帰り、三人はそれぞれ自分の部屋の中に戻っていく。一人一人閉じた部屋の中で、今日もきっと色の無い夢を見るのだろう。
壊れた世界の断片を握り締めながら、誰もがみんな気付かないフリをしている
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某素敵お嬢さんから送られてきた、とても素敵なFIND OUT。
の、続き。
もーおねーさん、狂喜乱舞。