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 最近。すこぶる柊の機嫌が悪い。
 原因は不明。

 オレの経験から言って、このパターンはあんまりよくない。よくないからって声をかけたりしちゃいけない。下手すると柊が口を一切開かなくなるからだ。まるで時限爆弾。

「夜人」
「ん」

 そうして、機嫌の悪いまま、柊は大学とバイトのスケジュールをこなしていた。今日も、オレの名を呼んでからバイトに向かった。一体今回はなんなんだろう。
 オレはといえば、ゆるーくたるーく日々を過していて、柊のこと以外は全くもって何も変化のない――訂正。時折何故か奈千佳さんがぬいぐるみを運ぶのを手伝わす以外は――どこでにでもあるような毎日をおくっていた。

 ピーンポーン

「はーい……」

 扉を開けると、志乃ちゃんが立っていた。

「あのねー。間違ってこれ家のポストに入ってたの。多分。すっごく夜人くんが欲しいものだと思うの」

 ぴらり。と見せたのは薄っぺらい封筒。
 頭の中でカシャカシャカシャカシャチーンとレジスターが鳴った。

「ま、まさかっ!」
「そのまさか!早く振り込んできたほうがいいよっ!」

 志乃ちゃんにありがとうをいうのもそこそこに、オレは部屋へ引き返して封を開けた。
 志乃ちゃんが持っていたのは、オレの大好きなアーティストのライブチケットの当選通知。ドームとか余裕で埋められるくせに、デビュー10周年記念にデビューのきっかけとなったハコ……えーっと、ライブハウスでライブをやるのだ。インターネットの普及した今では珍しい葉書のみでの抽選だった。宣伝も、持ち番組のラジオで一回言ったきり。
 もう、絶対に外れてたと思ったのに。

 中に入ってたのは振込用紙とチケット。そして一枚の紙。
 紙に書かれていたのは、当選の旨とか譲るなとかいう話。それと、詐欺防止の為にライブの日から一週間以降までをチケット代支払いの期日としているという事だった。それはまさに直筆のコピーというやつ。オレは迷わず財布を片手に外に出た。

 外に出ると、ほんの少し寒さが頬を掠めていく。
 雨も何度か降ったし、そろそろ冬がくるんだろう。

「あったあった」

 お目当てのコンビニへ行き、支払いを済ませる。ついでに飲み物とお菓子を買う。雑誌のチェックも一応しておかなければと、買い終わったのに窓際へ行こうとしたその時だった。
 通りの向こうに、見覚えのある誰かがいた。

「吉田……さん?」

 間違いない。吉田さんだ。

「ありがとうございましたー」

 事務的なコンビニ店員の声を背にして、なぜかオレは吉田さんを隠れて見ている。なぜ隠れてるかって、隣にいるのは黒髪の女性だからだ。志乃ちゃんの半分。肩より少し長いくらいだろう。
 声が聞こえたわけじゃないけれど、どうやら吉田さんの方が押されてるというかなんというか。
 それにしても…………何してるんだろう。

「………………那波くん」
「うひゃぁっ!」

 驚いて振り返ると、そこにはなにやら買い物してきたらしい奈千佳さんが立っていた。

「……なにしてるの?」
「い、いや。それは……」
「まぁ。別にいいけど」

 奈千佳さんの目は、怪しいとオレに訴えかけてきている。オレの背後にはおそらく吉田さんが歩いて向こうにいっていて、奈千佳さんがこれを見るのはなんとなく良くない気がする。

「い、今帰りですか?」
「…………そうだけどー」

 少し体をずらし、オレの向こうの景色を見ようとする。

「じゃ、じゃあ一緒に帰りませんかっ」
「……………………いいけどー」

 曖昧に語尾を延ばす奈千佳さんは、絶対にオレとの会話をまともに聞いていない。その証拠に、奈千佳さんの視線はずっとオレの背中を越えようとしている。
 もういい加減去ってくれただろうと、その視線を越えさせてやる。奈千佳さんは視線を暫くさまよわせて、納得したのか家の方向へと向き直ってくれた。

「……そういえばさ。ひぃ。なんかあったの?」
「え?」

 オレには数分の距離も、奈千佳さんに合わせて歩くと軽く二倍はかかる。志乃ちゃんは背が高い方だから、そんなに気にすることは無いのでなかなか不思議な感じがする。

「……べつに、いいんだけどさ。ひぃも今ひとつ自分のことわからないみたいだし」
「それは……どういう意味ですか」

 ぴたり、と奈千佳さんが立ち止まった。

「さぁ?」

 ここでオレは初めて奈千佳さんが大人の女なのだと思い知らされた。

「………………奈千佳さんは意地悪ですね」
「そう?ただ面白いことが好きなだけだよー?」

 それ以上、この話題にオレは触れなかった。
 チケットが当たったこととか、何を買ってきたのとか喋りながら、家へと帰った。



 わかってたんだ

 でも

 逃げてみたかったんだ。



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