FIND OUT
昼飯を食べ終わり、のん気にぼーっとしていると、夜人がぽつりと呟いた。
「柊ってさ、一回消えたことあったよな」
「あ?」
「え、なにそれ」
これだけ時が経てば喋ってもいいかもしれない。
「…………なんていうか、その自分探しみたいなもん?」
自慢するわけじゃないが、俺が過去にふられたのはたった一度きりだ。ぶっちゃけ、ふられた理由は俺にないし。
卒業式も近くなった高校3年の冬。俺は指定校推薦で大学進学を獲得し、バイトと趣味に明け暮れる生活を送っていた。もちろん可愛い彼女もいたし万々歳だったわけだ。
なのに、年が明けた彼女の吐いた台詞が「那波君との関係のカモフラージュにつかわれるのはもう沢山よっ! 知ってるんだから。二人ともいけない恋に溺れている事くらいっ! いいの、何も言わないで、あたし、応援してるからっ!」ってわけだ。
俺はわけもわからずその場に暫く立ち尽くし、数分後に漸く自分がふられたことを理解した。そういえば、あのときあの子がしていた目と時折奈千佳や志乃が俺に見せる目が似ていた様な気がするのはなぜだ。
「誰にも言わずに消えるから大変だったんだぞ」
俺はあれから凄く悩んで、もしかしたら夜人にこのままじゃ迷惑がかかるんじゃないかと思って、いてもたってもいられず計画的逃亡をした。
マウンテンバイクを整備し、適当に水と食べものと着替えをリュックに突っ込んで金を準備。携帯を買い換えて、夜人の携帯に新しい番号を登録して、卒業式の日の夜、俺は海に向かって走った。
「おまえには言ったろ」
「あれがそれだって分かる奴がどこにいるんだ」
ひたすら走って、走って、途中何故かトラックのオジサンに飯おごられた。あー俺もやったよ懐かしいなーって話盛り上がった。
大体二日位で海についた。目的もなく海岸線沿いをひたすら走った。適当に走りすぎて山の中に入って、携帯の電波も無いようなところで野宿した。冬だったから蚊とかもいなかったから別段苦しくはなかった。
「ねぇ、ひぃはどうしてそんな事したの?」
「……う」
「そうだ。それオレも知らない」
たまたま夜中に走ってみたくて、山道をチャリで爆走していた。見えるのは暗闇ばかりでこの世界の中で一人きりになったみたいだった。
一瞬ライトに照らされたと思ったら、俺は崖側にふっとばされていた。車の止まる音が聞こえて、ライターの火をつける音がした。俺はどうやら轢かれたらしいと、どこか他人の出来事のように認識していた。ガードレールに下半身だけひっかかっていて俺は助かったが、チャリはもう見えないところまで落ちていっていた。
「ちょっと一人になりたかったんだよ」
「……そんなことであんな心配させたのか」
ずりずりと後ろに引きずられる感覚がして、大丈夫かと聞かれた。手足を強張らせながら立ち上がると、心配そうな中年の男が立っていた。あーやっぱり轢かれたのか俺。
「こいつ、ドロドロで頭から血流してたんですよ」
「ええ?!」
「あの時はもう止まってた」
どうやら俺はリュックによって救われたらしい。ジップは裂け、かろうじて内ポケットに入れておいた携帯と財布だけが残っていた。とりあえず俺は運転手に近場の駅まで連れてってもらい、連絡先と名前だけしっかり頂いた。ついでに責任はそっちにあるとの念書と拇印も。
トラックの助手席で揺られている間に、漸く死に掛けた実感が湧いてきて体がぞくりと震えた。
――駄目だ。俺は帰らなきゃいけない。どこに?わからない、でも帰らなきゃいけない。
ただそれだけが頭のなかでぐるぐると廻っていた。
「那波くんはしないの?」
「へ?」
ああ、そうだ。もしかしてあの時か。
「なぁ、奈千佳」
「ん?」
「俺ら前に一度どこかで会ったことないか?」
多少の不審者扱いを受けながらも、俺は電車を乗り継いで家の方向に向かっていた。飯を食う気力も出てこず、ふらふらと帰巣本能に任せた行動をしていた。
これが最後の電車だ。そう思っていたら、ふいに視線を感じた。
まっすぐに、俺と視線がかちあう女がベンチに座っていた。あまりにも真っ直ぐに見られて視線を外すことが出来なかった。
女は俺に隣に座るように促し、俺は俺でどうすることも出来ないから素直に座った。見知らぬ二人が並んで家路に着くのであろう人を見ていた。ずっと、見ていた。
「あー……勘違いだ」
「なんだよー気になるじゃんかー」
どれくらい見ていたんだろうか。
俺のなかでぐるぐる廻っていた考えが変化した。
――夜人のところに帰らなきゃ
そうだ、あの時俺は、はっきりと夜人のところに帰らなきゃいけないと思ったんだ。
俺がそのことを女に伝えると、彼女は何故か少し寂しげに笑って、「帰ってあげないと」といった。笑顔とは裏腹にひどく柔らかい声だった。
ふらふらとホームに向かう途中、なぜか女の顔をもう一度みたくて振り返った。女は俺を見ていた。
「そういえば、アイス冷えてるぞ。食べるか?」
「え。食べる」
「じゃあオレも」
ああ、このときだ
夜人の隣に在り続けようと決めたのは